暦便覧とは何?意味や由来について解説
読み方や二十四節気や七十二候との関連は?
日本の暦に関して非常に重要な書物が暦便覧です。
今回はこの暦便覧とはいったい何なのか、意味や由来を解説しつつ、読み方や二十四節気との関連性についても調べていきましょう。
暦便覧から現在の行事や文化に関連するものが、どれだけ残っているのかを調べていくのも楽しいです。
暦便覧とは何?意味や由来は?
暦便覧とは、江戸時代の中期から後期の常陸国宍戸藩5代藩主である松平頼救が、著者となっている暦の解説書です。
この人は隠居して太玄斎を名乗っており、太玄斎と名乗っているときに完成した書物とされています。
とある人がこの暦便覧を、「企業のトップが息子に会社を託して会長になり、時間が空いたことで、出版することができた暦の本」と紹介していましたが、個人的にはこれがぴったりだと思います。
この本そのものが、世の中に登場したのが1787年とされており、現代における二十四節気などの暦の考え方を、ある程度形付けた書物となっているのです。
二十四節気以外にそれぞれの月のことや七曜とは何か、閏月のことや日食や月食のこと、さらには雑節の事など幅広い情報が記載されています。
また、当時の人たちが暦に対してどのような知識を有していたのかが、わかる貴重な資料となります。
現代においては国立国会図書館に保管されており、デジタル化されているので「国立国会図書館デジタルコレクション」で、だれでも閲覧することが可能なのです。
筆者も確認いたしましたが、200年以上前の書物となると読むのもかなり困難で、書いてあることもほぼ理解できませんでした。
なので紹介している知識は現代語訳して解釈されている方々の資料などをまとめたものとなります。
暦便覧の読み方や二十四節気との関連は?
暦便覧は「こよみびんらん」と読みますが、正式なタイトルは漢字ではなくひらがな交じりの「こよみ便覧」のようです。
この暦便覧にはそれぞれの月がどのようなものなのか、七曜は何なのかの紹介もしています。
また、二十四節気とはいったい何なのかも簡易的にですが紹介していますので、そちらを確認するのも面白いです。
もともとこの二十四節気とは紀元前の中国で作られたものであり、中国の気候や風土に合わせて作られているため、解釈の仕方もだいぶ違ったものだったのです。
つまり、この暦便覧は二十四節気を日本向けに解釈して、解説を加えたものといえるでしょう。
ちなみに、この二十四節気をより細かく分割した七十二候において、さらに違いが出てきます。
そして、江戸時代や明治時代に日本向けの七十二候が、設定されるようになったのです。
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暦との関係について
一言でまとめますと、暦便覧は二十四節気とは何かを解説したものです。
月の満ち欠けで判断していた当時の暦と太陽の動きで決まる二十四節気を、結び付けやすくするための解説書として用いられたのだと思われます。
現代の暦は明治時代に導入されたグレゴリオ暦になっており、それ以前の暦は旧暦として用いられております。
旧暦は明治5年まで使われていた太陰太陽暦のことであり、月の満ち欠けを基準に数えられてきた暦となります。
しかし、この旧暦は月の満ち欠けによって1ヶ月を判断しているので、必ず1年の長さでずれが発生してしまい、3年に1回は閏月が誕生してしまうという欠点がありました。
旧暦は暦月の区切りは新月の日で区切られるため、わかりやすいという特徴がありましたが、ずれていってしまうという欠点があり、四季の周期も大きくずれてしまうという欠点もあったのです。
その欠点を補う役目となっていたのが二十四節気と考えられています。
二十四節気は古代中国で作られたものですが、こちらは太陽の角度から算出されたものであり、太陽の巡る周期をもとに作られた暦なのです。
つまり月の満ち欠けによって判断する旧暦の弱点や欠点を、二十四節気によってカバーできるということになります。
現代の暦であるグレゴリオ暦は太陽暦であるため、同じ太陽暦の二十四節気はちょっとマイナーになってしまいましたが、太陰暦であった昔は季節の感覚を失わないためにも重要なファクターだったといえるでしょう。
現代の人よりも確実に二十四節気や七十二候は皆さんになじみがあったことが予想されますし、暦便覧のような解説書は重宝されていたのではないでしょうか。
暦便覧を季節毎に分類すると
暦便覧を用いてそれぞれの季節ごとに二十四節気を区分けしていきましょう。
現代のグレゴリオ暦に合わせていつから春なのか、秋なのかといった情報も交えて紹介していきます。
春 2月~5月
二十四節気における春とは立春から始まって雨水→啓蟄→春分→清明→穀雨と6つの節気が終わるまでです。
現代の暦では2月4日頃から5月4日頃までが該当します。
立春は暦便覧で「春の気たつを以て也」と紹介されており、雨水は「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となれば也」と紹介されています。
啓蟄は暦便覧で「陽気地中に動き、ちぢまる虫、穴をひらき出れば也」と記載されており、春分は「日天の中を行て昼夜等分の時也」と記載されているのです。
清明は暦便覧で「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれる也」と記載され、穀雨は「春雨降りて百穀を生化すれば也」と書いてあります。
夏 5月~8月
二十四節気における夏は立夏→小満→芒種→夏至→小暑→大暑と移り変わり、5月5日頃から8月6日頃までが該当します。
立夏は暦便覧で「夏の立つがゆへ也」と記載され、小満は「万物盈満(えいまん)すれば草木枝葉繁る」となっております。
芒種は暦便覧で「芒(のぎ)ある穀類、稼種する時也」と記載され、夏至は「陽熱至極しまた、日の長きのいたりなるを以て也」と記載があります。
小暑は暦便覧で「大暑来れる前なれば也」と記載され、大暑は「暑気いたりつまりたるゆえんなれば也」とあります。
秋 8月~11月
秋の二十四節気は立秋→処暑→白露→秋分→寒露→霜降となっており、8月7日頃から11月6日頃が該当します。
立秋は暦便覧で「初めて秋の気立つがゆへなれば也」と記載され、処暑は「陽気とどまりて、初めて退きやまんとすれば也」と記載されています。
白露は暦便覧で「陰気ようやく重なりて露にごりて白色となれば也」と記載され、秋分は「陰陽の中分となれば也」と記載されています。
寒露は暦便覧で「陰寒の気に合って、露むすび凝らんとすれば也」と記載され、霜降は「つゆが陰気に結ばれて、霜となりて降るゆへ也」と記載されています。
冬 11月~2月
二十四節気における冬は立冬→小雪→大雪→冬至→小寒→大寒で、11月7日頃から2月3日頃までが該当します。
立冬は暦便覧で「冬の気立ち初めていよいよ冷ゆれば也」と記載され、小雪は「冷ゆるが故に雨も雪となりてくだるがゆへ也」と記載されています。
大雪は暦便覧で「雪いよいよ降り重ねる折からなれば也」と記載され、冬至は「日南の限りを行て日の短きの至りなれば也」と記載されています。
小寒は暦便覧で「冬至より一陽起るが故に陰気に逆らう故益々」と記載され、大寒は「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」と記載されています。
暦便覧から現在の行事や文化に関連するもの
暦便覧から現在の行動や文化に通じているものは、やはり二十四節気によるものや、日食や月食、雑節に対する事柄でしょう。
これらは今でもいくつかイベントや行事として扱われていますので、今でも残っている風習と言えます。
特に、雑節である節分や彼岸や八十八夜という言葉は今でも通じる言葉であり、日本人ならば意識している人も多いでしょう。
特に節分や彼岸は色濃く残っている風習です。
まとめ
以上、いかがだったでしょうか。
今回は暦便覧とは何かを解説しました。
暦便覧とはネット上でデジタル化したものを見ることができますので、興味がある人はそちらをまず確認していただきたいです。
ただし、200年以上前の書物ですので古文に通じている方以外は読むのは難しいでしょう。
筆者も頑張って解読しようとしましたが、なかなか読み解けずに挫折してしまった部分が多々あります。
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